【鬼部活】心に残る学生の頃のお話
こんにちは、チャバティ64です。
先日、かみさんがワクチンを打ちました。
ボクはまだ一度も打ってませんが二度目なんです。
副作用で熱が出たりしたらいけませんからアイスノンを冷やしておいたり食べるものを用意しながら様子を見ました。
その時に昔話をしていたのですが学生の頃の部活の話です。
本当に厳しい練習のわりに、スゴく弱いチームでしたがとてもいい思い出です。
その時に必死について行った体力が今を支えていると思えるほど自信になっています。
いまはこれでリハビリですけどね(笑)
ボクは高校では三年間バレーボール部でした。
中学の2年の時に剣道部から移籍しました。
なんか武道に飽きたんですね。
バレーボールはそれまでの個人ではなく団体競技なので大変です。
足を引っ張ると連帯責任しかありません。
先輩にそのことを強く教えられました。
当時は運動中に水を飲んではいけない時代。
体罰上等!
うさぎ跳びは毎日補強練習で!
休憩は座ってはいけない!
根性だけが友達さ(笑)
今思えば常識外のウソのような時代でした。
まずは根性論でゴリ押しする先輩たちについていかないといけません。
10人以上いた一年生は3か月後に6人になり、半年後に4人になりました。
別にバレーボールが特別好きだったわけじゃありませんが、なぜかやめようと思ったことはなかったし、そもそも基礎練習と球拾いくらいしかやらせてもらえないわけですから好きも嫌いもありませんね(笑)
ただし、とにかく厳しかった。
毎日ヘトヘトで帰りに自転車を漕ぐのがもう大変。
おふくろに「高校だけは出とけ」と言われ、自転車で通えることだけで決めた高校でしたから片道1時間自転車で通っていました。
冬は大雪の降るところで、今じゃそれだけでも根性ありますね(笑)
そんな練習でしたがボールを触るようになるとさらに大変で「とにかく走れ」とコート中、適当に球を投げられそれに飛びつく毎日。
途中でへこたれたのがいると「体力が足りない」と連帯責任で河原までランニング!
もちろん自転車に乗った先輩付きです(笑)
ちなみにこの河原が学校から結構遠くて往復で約1時間半かかるんですが、社会人になってから車のオドメーターでザッと計ったら片道10kmくらいあって驚いた覚えがあります。
そりゃ持久力もつきますよね。
本当に今思うとよくやったなと思います。
もうバレーボールの領域ではありません。
今なら完全にパワハラな上司ですよ。
おかげで全校生徒が競う冬のマラソン大会(20km)は、速いと言われた陸上、野球部に交じってベスト10に一年の時から三年間いました。
中学の時、マラソンはすごく苦手だったんですけどね。
忘れもしないのが二年の時、中学の県大会で優勝したという鳴り物入りで入部した1年生と最後のグランド2周で3位争いのデッドヒートを繰り広げ勝った時です。
沿道の先輩から「負けたらわかってんだろうなー!」という熱い声援に背中を押されて死に物狂いで走りましたね。
しかも同じバレー部の友人も同様にベスト10に三年間いました。
つまり4人がベスト10ですからスゴイです。
もう陸上部もこの練習を取り入れた方がいいんじゃないかと思いますね。
明日に続きます。
今日のお話はここまでです。
あなたの今日がステキな一日でありますように!
チャバティ64でした。
仕事はいい香りのするお茶の販売員をしています。
BASEショップで「お茶の愛葉園」(あいばえん)
というネットショップも趣味で運営しています。
よろしくお願いします。