生きてて良かった!- 茶 葉 tea’s -

〇〇〇?そいつに自由はあるのかい?

実は、バイク乗りに捧げる連続小説ドライバー? 第三章リターンズ「無題 ある絵描きの死」

こんにちは、チャバティ64です。

仕事はお茶の販売をしています。

BASEの「お茶の葉園」(あいばえん)

というショップを趣味で運営しています。

 

今日は第一章、第二章に続き、先日終了したドライバーシリーズ三章の「無題」をお送りします。

少々内容を変更した「リメイク版」です。

ボクの大好きな「amazarashi」の「無題」という歌が主体となり「amazarashiへのリスペクトから出来たオマージュ作」と位置付けています。

2万字を超える小説ですので休みながらご覧ください。

よろしくお願いします。

 

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人の一生は儚いものではない連続小説 

第三章ドライバー?「無題(ある絵描きの死)」

 

(この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません)

 

行く道は涙に濡れ、

行く道は嘆きにあふれ、

行く道は悲しみの数だけ続く

・・・「DRIVER」

 

《本編》

 

10月の落ち着いた(ヒマ)一日が過ぎ、就業終了まで一時間「車も洗った」「道具も清掃片付け」も終わった。

 

「さて、後は何をやろうか?」

事務所内を履き掃除しながら本多は考えていた。

「お~ぃ、川崎、何かやること思いつかないか?」

 

壁から、小さな額縁の絵を外している川崎が言った。

「いや~ないっすね、普段からやってますからねぇ」

そう言うと川崎は「ハァ~」と額縁のガラスに息をかけ、円を描くようなしぐさを見せた。

 

「川崎君、それ落とさないでよ、有名な画家のものらしいわよ」

「前に鈴木さん言ってたもの、マサムネ・ヨサノだって」

山葉が言った。

 

「またまた~山葉さん、マサムネの絵がうちにあるわけないじゃないすか~?」

「あってもコピーっすよ」

「だいたい、絵にサインもないっすよ、ほら」

川崎が絵を山葉に向け、たたみかける。

 

「でも~、ホントに言ってたもん」

「まあ、そんなことはいいけど、本多君、川崎君、お茶でも飲む?」

事務の山葉が腰に手を当て、やさしく微笑む。

 

「山葉さん、さっき休憩したばっかっすよ」

「鈴木さんがいたら、確実に怒られますよ」

川崎が言い、本多が笑う。

 

「こういう平和(ヒマ)な日があってもいいよな」

「俺たちが忙しくするってことは、悲しむ人が増えるってことだからなぁ」

本多が言った。

 

「ガチャ」

事務所の扉が開いた。

 

「そうだな、本多、気が抜ける日もなきゃなぁ」

 

「社長!」

3人が声を合わせた。

 

滅多に事務所に顔を出さない「社長」が突然登場した。

(社長 晴井 陸翁 はれい むつお 65歳 男)

 

「みんな、ごくろうさま」

「調子はいいみたいだな、ゴールドウイング、窓から丸聞こえだったぞ」

社長は笑った。

「その呼び方、勘弁して下さい」

本多は、バツが悪そうな顔をして首をすくめた。

 

「治恵須(はるとし)は?」

 

「鈴木さんは今日、泊り番で18:00にみえますよ」

本多が言った。

 

「そうか、どうせ今日はヒマだろう?」

「たまには少し話でもしようか?」

社長は嬉しそうに笑った。

 

「山葉さん、悪いけど、みんなにお茶を淹れてくれるかな?」

 

「わかりました、すぐに淹れますね」

山葉も笑った。

 

みんな、応接のイスに招かれた。

社長は自分の机からこちらを向き、手をアゴの所で組みながら言った。

 

「そうだなぁ、おもしろい話がいいな」

「そうだ、治恵須がうちに来た時の話でもしようか」

「オレは、あいつのことを弟みたいに思っててなぁ、昔から名前で呼んでるんだ」

 

「まぁ、みんな知ってると思うけど、あいつは元々TSにいたんだよ」

(TS=TS葬儀社 ドライバー第二章「とある屋敷のフスマノムコウ」ご参照)

「え~っ、鈴木さんってTSさんにいたんですか?」

みんな一様に知らなかった。

 

「知らなかったか?」

「あいつ、ホントに自分のこと言わないからなぁ...」

社長は少し遠くを見ながら話し始めた。

 

「あいつが来たのは、25年くらい前の冬だったな」

「まだ20代だったよ、すごく暗い奴でな」

「ホントに無口で、つかみどころのないやつだったよ、いまじゃ考えられないけどな」

 

「それでな、ある日、小さな額に入った『さくらの絵』を一枚もって来たんだ...」

「事務所に飾ってほしいって」

「ほらそこにかけてあるだろ、それだよ」

 

「その絵には少し思い出があるんだよ……」 

 

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それはまだ「東京オリンピック」が、終わったばかりのころ、フランスにある小さな木造の借家で「夢中で絵を描いている」日本人の絵描きがいた。

その絵描き(彼)は「絵を描くことが大好き」だった。

理由はよくある話で、小さい頃に描いた絵が上手だと褒められた記憶が鮮明にあるからだ。

いまも、誰かに褒められたくて描いていることは自分でも気付いている。

 

しかし、褒めてくれるのは一緒に暮らしている彼女だけだった。

彼女の名は「バンビーノ」少しふっくらした金髪で色白のフランス人だ。

彼が、フランスに留学したばかりの頃、デッサンの勉強中に知り合った女性だった。

日本語を勉強していて、とても会話が上手だ。

仕事は看護師で、厳格な家庭で育ち、家族には病院の看護師寮に住んでいることになっている。

 

彼は、太陽のように明るく笑う彼女が大好きだった。

いつも一緒にいられるわけではないが、彼女はいつも彼に置手紙を書いてくれた。

その手紙は必ず、日本の「さくら」をイメージさせる花模様の便せんに書かれていた。

彼女の心のこもった、その手紙を読むたび彼は、いとおしい気持ちになった。

 

彼は、その気持ちをキャンバスにぶつけた。

激しいほどの愛情を精一杯ぶつけた。

朝も夜も寝食も忘れて夢中になった。

そして季節も忘れたころ、一枚の絵が描けた。

 

それは「さくらの花びらが風に舞う風景」だった。

 

「やぁ、ステキな絵だね!」

窓から声をかけたのは近くに住む「ミュンヒル」だった。

ミュンヒルは、画廊をやっていて、いつも絵を買ってもらっている。

 

「やぁ、ミュンヒル、久しぶりにいい絵が描けたと思うんだ」

「奮発してくれないか?」

「バンビーノと、最近出来た人気のレストランに行きたいんだ」

「出来れば、青いスカートもプレゼントしたいんだよ」

彼は言った。

 

ミュンヒルは下を向き、上を向き、言った。

「わかったよ、1500フランでどうだ?」

 

「そんなに?! いいのかい?」

 

「ああ、いいとも親友の頼みだ!」

 

「ありがとう、ミュンヒル!」

「いつものようにサインは入れなくていいね」

 

「ああ、そうしてくれ」

「じゃあ、明日引き取りに来るよ」

「しっかり仕上げておいてくれよ」

 

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「わかったよ、ミュンヒルありがとう!」

 

彼は上機嫌だった。

「久しぶりに二人で食事に行けるぞ」

「1500フランあれば、青いスカートも買ってあげられる」

 

明後日はバンビーノの誕生日だった。

翌日、精一杯のおめかしをして二人で食事に出かけた。

しかし、お金が足りなくて「青いスカート」は買えなかった。

 

「バンビーノ、ごめん、プレゼントをあげられないよ」

彼は下を向き、首を横に振った。

 

バンビーノは言った。

「そうね、罰として『さくらの絵』を私にも一枚描いてほしいな」

「お部屋に飾るの」

「そうしたら、いつも春よ」

「一年中、気持ちのいい季節だわ!」

「私、あなたの絵が大好きなの!」

「私のためだけに描いて!」

 

彼は、照れ臭かったが「次の一枚」が、出来たらあげることを約束した。

バンビーノは「どんなプレゼントよりもうれしい!」と言って抱きしめてくれた。

 

「もっといい絵を描くぞ!」

彼は出来上がった、小さな目の額に入った「さくらの絵」を見ながら心に誓った。

 

お金はないが、彼はとても幸せだった。

そんな彼のことが、彼女は大好きだった。

 

それから、絵描きは「さくらの絵」を描いた。

なぜかって?

それはミュンヒルが高く買ってくれるからだ。

 

来る日も来る日も、

「さくらの花びらが風に舞う風景」を描いた。

「街に」「山に」「海に」風に舞う花びらはどれも美しかった。

絵描きは、彼女にもミュンヒルにも褒められる存在となった。

 

「バンビーノ、今日は3,000フランで売れたよ」

「今月は3枚売れたから、チキンとバケットを買いに行こうよ!」

彼は、彼女と手をつなぎ夕暮れの街へ出かけた。

バンビーノの「青いスカート」が風にゆれていた。

気付けば、普通の暮らしが出来るようになっていた。

 

彼女は、彼に「私が信じていたことは正しかったわ」と嬉しそうに言った。

 

それから、彼はまた描き続けた。

来る日も来る日も、描き続けた。

 

しかし、彼は知っていた。

「お金のために描いていることに...」

「夢中になって描いていないことに...」

 

ある日、彼は「さくらの絵」を描いている合間に、自分が描きたい絵を描こうと思った。

イーゼルを前後に置き、前は「さくらの絵」後は「描きたい絵」を描いた。

 

だんだん「描きたい絵」を描く時間が増えていった。

ミュンヒルに「さくらの絵は、まだ出来ないのか?」と催促を受けた。

 

しかし、もう後戻りできない「夢中になってしまった」のだ。

彼は、もとの絵描きに戻ってしまった。

 

 

彼が夢中になった「描きたかった絵」が完成した。

それでも彼女は「ステキな絵ね」と褒めてくれた。

しかし、ミュンヒルは「こんなものはいらない」と言い、買ってくれなかった。

 

そのあとも、彼は「さくらの絵」を描こうとしなかった。

それは自分が描きたい絵ではなくなってしまったからだ。

それからは彼女ともケンカが増え、二人は別れた。

 

彼女は出て行った。

一枚の絵を持って...。

 

残された「絵たち」は、すべて「無題」だった。

あんなに描きたい絵だったのに、題名さえ、もらえなかった可哀そうな絵。

ミュンヒルに「ただ同然」で持って行ってもらった。

 

そして、彼もフランスをあとにした。

 

自分の描きたい絵も分からず、褒めてくれる人も、もういない。

そんな彼が、たどりついたのは、やはり日本だった。

 

彼は失意の中、木造アパートの1階を借りた。

また、夢中で絵を描き始めたのだ。

絵さえ描いていればすべて忘れられる。

そうするしかなかった。

 

ひと月後、一枚の絵が出来た。

それは「誰もが目を背けるような、人のあさましい本性の絵」だった。

 

バンビーノがいたら「ステキね」と、笑ってくれるだろう。

彼女だけが自分の絵を理解し、愛してくれたことが支えだったのに... 

自分の愚かさを嘆いた。

 

しかし、彼にはどうすることも出来なかった。

近しい人は離れ、売れる絵も描けない。

褒めてくれる人は、もういない。

描き続ける理由すら見当たらなくなってしまった。

 

しかし、彼は絵を描くことしか出来なかった。

やはり絵が好きだったのだ。

 

そして、10年の時が過ぎた。

彼はカラダを壊し、伏せがちになったが、今も木造アパートの1階で絵を描き続けていた。

 

春になり、気持ちのいい季節になった。

 

干してあった洗濯物に「さくらの花びら」が、はりついていた。

となりの公園のハダカだった木が、いつのまにか「さくら」になっていた。

とてもきれいな花を、たくさんつけた「さくら」は、今までの記憶を呼び戻した。

 

今日は不思議と「セキ」も出なかった。

公園にイーゼルを立て、久しぶりに「さくらの花びらが風に舞う風景」を描いた。

自分でも驚いたが、外で描くのはこれが初めてだった。

過去に描いた時のように空想の風景ではなく、本物を間近で見ながら描く「さくら」は生きる力に溢れているようだった。

彼はまた夢中で描いていた。

 

すると、その絵を後で眺めていた背の高い初老の外国人が近寄ってくるなり「その絵を売ってくれないか?」と尋ねてきた。

 

 

また「素晴らしい絵だ、ずっと日本の店にも『さくらの絵』を飾りたいと思っていたんだ」と流暢な日本語で言った。

 

聞けば、フランス料理のシェフで、世界十数か国に自分の店があり、どの店にも「さくらの絵」が飾ってあるそうだ。

今回、日本のお店がオープンしたため、わざわざフランスの店から「絵を外して持ってきた」と言っていた。

「フランスの店で、さくらの絵がなくて、売り上げが下がるんじゃないかと心配しているんだ」と、冗談まじりに言っていた。

 

絵描きは「まだ描きかけだから」と断ると「何日でも待つから譲ってほしい」と言われ、背広の内ポケットから名刺を取り出し、手に渡された。

 

その名刺を見ると、外国人の名は「ジュエル・ロンシャン」若干26歳でミシュリンのスターを獲得し、5年前に突然引退した伝説のフレンチシェフ、その人であった。

 

絵描きは、そんなことを知る由もないが、フランスにいたときに、一度だけ「バンビーノ」と、一緒に行ったことがあった高級レストラン「ロンシャン」だったことはわかった。

プレゼント代が残らなかった「あの店」だ。

 

まさか、日本に帰ってきて思い出の「ロンシャン」のオーナーに会うなんて思いもしなかった。

彼は、この出会いは奇跡だと思った。

 

「ロンシャンさんは、さくらがお好きなんですね」

絵描きは言った。

 

「違うんだよ、さくらの絵が好きなんだよ」

「部屋に飾っておけば、いつも春さ!」

「店が気持ちのいい季節のままだろ?」

そういうと絵を見ながら微笑んだ。

 

絵描きはどこかで聞いたことがあると首をかしげた。

 

「キミの名前は?」

「マサムネです」絵描きは、そう答えた。

 

「そうかマサムネか、いい名前だ」

ロンシャンは嬉しそうに笑った。

 

「キミの絵は『ミュンヒル・ロータリー』の作品に似てるんだよ」

「キミは知らないかい?」

絵描きは友達だった「ミュンヒル」を思い出した。

彼は親の代から続く画商だが、自らも絵を描いていることは知っていた。

しかし、彼の名字は「レシプロス」だし、ありふれた名前だったため「知らない」と答えた。

 

「ボクは彼の大ファンでね」

「取材を一切うけない幻の画家で、10年ほど前に突然引退してしまったんだ」

「インスピレーションがわかなくなったといって」

 

「さくらが代名詞だったが、引退前に発表した数点の作品は画風が変わり、鬼気迫るものがあって、素晴らしいものばかりだよ」

 

「どれも、高くて簡単には買えないがね」

「本当に残念だよ」

「まぁ、ボクも引退後のファンだがね」

 

「ちょうどその頃に、ボクは風邪をこじらして3日だけ街の病院に入院したことがあってね」

「そのときに知り合った看護師が、ボクのことを知ると『どうしてもお店に飾ってほしい絵がある』と言って翌日持ってきたんだ」

 

「看護師?どんな感じの人でしたか?」

絵描きは聞いた。

 

「顔色の黒い、すごくヤセた金髪の妊婦さんだったよ」

ロンシャンは難しそうな顔で答えた。

 

絵描きは、唯一の友人だった「ミュンヒル」という名前には無反応だったくせに、看護師と聞いて「バンビーノ」を思い出し、思わず聞いてしまった自分が恥ずかしくなった。

しかも彼は、今を支えているのは「バンビーノ」との思い出だけだということが、自分でも痛いほどわかっていたのだった。

 

ロンシャンは続けた。

「それは店に飾る絵としては小さ目で、ノーネームだった」

「しかし、とても美しく素晴らしい作品なんだ」

「ボクは一目で気に入って、店の真ん中の柱に飾ることを彼女に約束したんだ」

「彼女は、喜んでくれたが『一つだけ約束してほしい』と言われてね」

 

「それは『額から絵を取り出さないこと』だったんだ」

 

「絵が痛むからイヤだと言っていたよ」

「彼女にとっても大切な絵なんだね」

「ボクはもちろん『約束を守る』と言ったよ」

 

「それから、ボクはすぐに退院したけど、誰が描いたものかを聞き忘れたから、病院へ行ったが彼女はいなかったよ」

「絵を受け取った翌日に病院をやめてしまったんだ」

「ボクはそれから、その看護師と、この作品の作者を探したよ」

 

「そうして、よく似た絵を描くのが、ミュンヒル・ロータリーだったわけさ」

「それでボクはミュンヒルのファンになったんだよ」 

「おかしな出会いだろ?」

 

「手を止めさせてすまんが、もう少しだけいいかな?」

 

絵描きはうなずいた。

 

「料理はね、絵に少し似ているんだ」

「キミがたくさん絵を描いたように、ボクもいっぱい料理を作った」

「ボクはシェフだったが、ありがたいことに、ボクが作る料理が少しだけ他よりも愛され『食べたい』という人が増えたんだ」

 

「だから店を増やした」

「しかし、ボクも年をとり、力も衰え味覚もにぶる」

「だから、ボクは引退し、レシピを残すことにしたんだ」

「いまは、かつての仲間、ライバル、生徒達が素晴らしい料理を作ってくれている」

「ボクは『レシピという誰もが鑑賞できる絵』を残せて満足なんだよ」

 

「いまは、店をながめるだけの、ただの老人だがね」

そう言うと、ニッコリ笑い「完成するころにまた来るよ」と後ろ向きに手をふり歩いていった。

 

 

「わかりました、待ってます」

絵描きは「ロンシャン」に誉めてもらえたことが嬉しかった。

お店に飾ってある「さくらの絵」も見てみたいと思った。

 

それから、3日程で仕上がる予定だったが、彼は数日間、体調がすぐれず「さくらの絵」が完成したのは2週間後だった。

 

何となくだが、絵に「名前」を入れた。

名前を入れるのは、これが二回目だ。

masamune.yosano」と、控えめに入れた。

すると、不思議と涙が出てきたのだ。

 

「なぜだろう」

彼は絵を見ながら、しばらく泣き続けた。

 

「ロンシャンさん、何度か来てくれたのかな?」

彼は心のなかで「申し訳ない気持ち」と「心変わりしたんじゃないか」という気持ちをぶつけあっていた。

最終的に、「約束だから、店に絵を届けよう」と思った。

押し売りみたいでイヤだが「断られたら持って帰ればいい」と開き直った。

実は「絵描き」として、飾ってある「さくらの絵」が見たいだけなのかも知れない。

とにかく、今日は体調がいいから「届けるなら今日しかない」と思った。

 

久しぶりに電車に乗った。

二駅過ぎたところにお店があり、お昼過ぎには着いた。

ずいぶんと人通りの少ない静かなところで拍子抜けした。

 

「そういえばロンシャンさんは、なぜあんなところを歩いていたのだろう?」

彼は、いまさらだが不思議に思えた。

 

夕暮れ時から始まる、そのお店「ロンシャン」は、まだ閉まっていた。

彼は、誰か来ないか玄関の近くで待っていた。

「ゴホッ、ゴホ」

少しセキが出始めた。

「ゴホッ、早く誰かこないかなぁ?」

 

しばらく待っていると、青いスカートを身につけた女性が店の中から出てきた。

 

彼は、すかさず言った。

「すいません、ロンシャンの方ですか?」

女性は、大きな包みを持つ、髭面、長髪を後ろに束ねた中年男に少し驚いたようだった。

「そうですが.... 開店までは、まだお時間がございますが?」

「ご予約のお客様でございますか?」

 

彼は言った。

「ちがうよ、客じゃない」

「見てもらいたい絵があるんだ」

「ロンシャンさんを呼んでくれないか?」

 

女性が言った。

「『絵』ですか?」

「あいにくですが、ロンシャンは引退してから、店に出て接客することもありません」

「ましてや、絵の売り込みに立ち会うとは思えません」

「申し訳ありませんが、お引き取り下さい」

 

そうは言ったが女性は、彼がなぜ、ロンシャンが日本に来ていることを知っているのか不思議に思った。

 

 

彼は、いつもならあきらめていた。

しかし、今日は折れなかった。

彼は「今日しかない」と思っていたからだ。

「ゴホッ」また少しセキが出た。

 

「それでは、店の中に飾ってある『さくらの絵』を見せて下さい」

それを見たら帰ります。

彼は頭を下げた。

 

女性は困ってしまった。

オープン前の店内に部外者を入れては行けない決まりもある。

しかし、営業時間であっても、予約のない方を店内に入れるわけにもいかない。

 

「少し、お待ちいただけませんか?」

「私では分かりかねますので、チーフに確認してまいります」

 

女性は彼に頭を下げ走っていった。

「ゴホッ」口に手をあてた。

彼は、追い返されても仕方がないと思った。

そして、10分程過ぎた時、人がやって来た。

黒い三つ揃いのスーツに蝶ネクタイの男性だった。

 

「大変お待たして申し訳ありません」

「私、この店のものでスズキと申しますが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「ヨサノです」

「ヨサノ・マサムネです」

彼はドキドキしながら言った。

 

すると、その男性は深々と頭を下げた。

「お待ちしておりました、ヨサノ様」

「ロンシャンがまちかねておりました」

「こちらへどうぞ」

 

彼は男性の後をついて行った。

店の中に入るとロンシャンが真ん中あたりのテーブルにいて、高級そうなイスに腰掛けていた。

 

「ロンシャンさん、怒ってるだろうな」

彼は少し怯んでいた。

よく見ると、ロンシャンの横に松葉づえがあった。

 

「やぁ、マサムネ、また会えてうれしいよ!」

「約束を守ってくれたんだね」

「こちらへ来て座りたまえ」

ロンシャンは、そう言うと彼を手招きした。

 

「マサムネ、すまなかったな」

「あのあと、足を挫いてこのざまさ」

そう言うと、ギブスをした左足を投げ出した。

 

「キミの所へ行けなくて、連絡手段もなかったから困っていたんだよ」

「ボクの私的なことだから使いも出せなくてね」

「それをわざわざキミの方から来てくれた」

「キミはボクの一方的なワガママに付き合ってくれたんだね」

ロンシャンは申し訳なさそうに言った。

 

それを聞いた彼は慌て、右手を顔の前で左右に振りながら言った。

「そんなことはありませんよ」

「実はボクもあのあと、体が思うように動かなくて、絵が完成したのが今朝なんです」

「ロンシャンさんが何度も来てくれていたんじゃないかと思って、心苦しくて来ただけなんです」

「『もう、いらないよ』と言われても仕方ないと思ってます」

 

ロンシャンは言った。

「そうだったのか」

「それじゃあ、お互い貸し借りナシだな」

二人は顔を見合わせ、吹き出した。

 

「こんなことってあるんですね」

彼は、ロンシャンとの出会いは、やはり奇跡だと思った。

 

そして、ロンシャンは少し間をおき「では、絵を見せてくれないか?」と言った。

 

「わかりました」

彼はゆっくり包みをほどいた。

そして絵の後ろに回り、テーブルに立て「こちらになります」と言った。

 

大きな絵だった。

後ろに回り、両手で支える彼が見えない程だった。

「マサムネ、いったいこの絵は...」

ロンシャンは驚いた。

 

彼は言った。

「ロンシャンさん、すいません」

「どうしても描きたい風景があったので全部描き直しました」

「そうしたら、ロンシャンさんがほしいと言ってくれた絵より倍くらい大きな絵になってしまいました」

「いらなければ持って帰りますから安心して下さい」

 

彼は、ロンシャンに絵の後ろから話しかけていたが、なんの返事もなかった。

「ロンシャンさん?」

 

彼は不安が的中したと思った。

すると、先ほどの蝶ネクタイの男性が横に来て「持つのを代わります」と、言った。

彼は、代わってもらい絵の横に出て、恐る恐るロンシャンを見た。

 

ロンシャンは松葉杖をつき、立ち上がっていた。

そして、下を向き右手で目の辺りを押さえ黙っていた。

さらに、いま店にいる15人ほどの従業員がロンシャンの横に立ち半円を描くように絵を囲みこちらを見ていた。

さらに、何人かが下を向き泣いていた。

彼は緊張する中、先ほどの女性だけ青いスカートを身につけていることが気になった。

 

ロンシャンは顔を上げた。

目が真っ赤になっていた。

また、下を向き首を左右に振りながら言った。

 

「言葉にならない」

「素晴らしいよ」

「最高だよ、マサムネ!」

 

ロンシャンが、そう言うと一斉に拍手が起こった。

店内が「さくらの花びらが風に舞うかのように」拍手と笑顔と涙で包まれた。

絵の中では「さくらの花びら」と共に「少女の青いスカート」が、美しく揺れていた。

 

そこは「まさに春だった!」 

 

マサムネは嬉しかった。

こんなに多くの人から誉めてもらえるなんて、思いもしなかった。

「持ってきてよかった」と思った。

 

ロンシャンは彼に言った。

 

「この青いスカートの少女はバンビーノかい?」

 

「えっ!?」

 

 

彼は驚いた。

「ロンシャンさん、どうしてその名前を...」

 

ロンシャンは言った。

「彼女から聞かされていたからさ」

「ボクにさくらの絵を飾ってほしいと持ってきた看護師」

「それがバンビーノだよ」

 

「だって、ロンシャンさん、持ってきたのは『顔色の黒いやせた金髪の妊婦』と言っていましたよね」

彼は言った。

 

「そうともマサムネ、彼女はその通りだったよ」

 

「うそです、彼女は色が白くふくよかで...」

彼がそう言うと、ロンシャンは顔を振りながら言った。

 

「彼女は持病があったんだよ」

「肝臓が悪くて、あまり昼間は外に出なかったはずだ」

「クスリの作用で日光に当たると肌が黒くなってしまうんだよ」

 

「キミともすれ違いが多かったんじゃないか?」

「彼女は暗いうちに出かけ、暗くなってから帰ってくるのが日課だったそうだ」

「もちろん看護師だから夜の当直もあるしね」

 

彼は、そう言われると心当たりがあった。

また、置き手紙が多かった意味がわかった気がした。

 

「キミは絵に夢中で気付かなかったんだよ」

「とても大切なこともね...」

 

「彼女に、キミとの子が、お腹にいたことも」

 

「えっ!?そんな」

彼は声にならないほど驚いた。

 

ロンシャンは続けた。

「つわりがひどく痩せてしまった彼女は、少しでもお腹の赤ちゃんのためにと、白い肌を犠牲にして日光を浴びたんだよ」

「その結果が黒くなった顔色なんだ」

 

「その後、無事に出産して体調もよくなっていたが、去年亡くなってしまったんだ」

「持病が悪化してしまってね」

 

「本当に...残念だよ...」

 

ロンシャンは目を閉じ、少し沈黙した。

そして、涙がこぼれないよう天井を見上げ、声を絞り出した。

 

「太陽みたいに明るい子だった...」

 

ロンシャンのそばに立っている従業員も、うつむき肩を震わせ、うなずいていた。

 

「だからボクは、四方に手を尽くし、キミのことを探した」

「そして見つけたんだ」

「あのさくらの絵と同じ絵を描く君を、あの公園で」

「キミの名前を聞いたときは、本当にうれしかったよ」

 

マサムネは頭を抱え、無言でテーブルにうずくまっていた。

 

ロンシャンは静かに続けた。 

「彼女は、看護師のハードワークをあきらめ出産を選んだ」

「親が出産を認めてくれるはずもないと、悩んでいたんだ」

「だからボクは、彼女が自立できるように、キミとの思い出の場所でもあるボクの店で働いてもらっていたんだよ」

「ボクの店は、日が沈む夕方からの開店だからね」

 

「毎日出勤してくると、真っ先にさくらの絵を見て、嬉しそうに微笑んでいたよ」

「それからね、彼女は青いスカートをとても大切にしていて、いつも身につけていた」

「ボクの店は全員、白いドレスシャツに黒い衣装の組み合わせなんだが、彼女がチーフになった時、特別に青いスカートを仕立てたんだ」

 

「あまりにも似合っていたからね」

 

「彼女は、もともと看護師だからなのかわからないが、お客様の気持ちを先読みする素晴らしい接客をしてくれた」 

「それからは、フランスの店で『青いスカートを身につけた接客のカリスマ』として有名になり『料理じゃなく接客』で、ロンシャンの名を上げてくれたんだ」

 

「ボクの店で勤務する子たちは、全員フランスで研修をするんだ」

「この子たちの仕事は、バンビーノが教えたものが多いんだ」

 

「だから、ここにいるみんなは、キミの絵の中の少女がバンビーノだと、ひと目でわかった」

「絵の中に生まれ変わったバンビーノを見て、誰ともなく拍手が起き、涙があふれたんだ」

 

「ボクが彼女に対して知っていることは、これがすべてだよ」

 

「それからね…」

ひと呼吸置き、ロンシャンは目を閉じ言った。

 

「ボクはキミにウソをついた」

 

 

「実は、彼女が絵を持ってきたときに交わした約束は、二つあるんだ」

「一つ目は額から絵を出さないこと」

 

「二つ目はマサムネが現れたら絵を渡すことだったんだ」

 

「今日、キミがここへ来て、この絵を見た」

「だから、今日からこの絵のオーナーはキミだ!」

そう言うと、さっきの女性が笑顔で涙を流しながら、大切に胸元に抱えていた。

 

やはり、彼女だけが青いスカートを身につけていた。

 

名前は「恵歩(ミホ)」と言い、普段はフランスの店にいるのだが、日本の店のオープンに伴って応援に来ていたのだった。

バンビーノが看護師になる、もっと前からの親友で、出産にも立ち会い、ロンシャンが探していることを知って連絡を取ったのも彼女だった。

また、バンビーノが亡くなる前に、青いスカートを託された人物でもあった。

 

その彼女が持つ絵を見た彼は、小さな声で振り絞るように言った。

「あぁ、ボクの絵だ」

「バンビーノに描いた、さくらの絵だ」

「あぁ、バンビーノごめんよ」

 

彼はイスから立ち上がり、その絵を両手で受けとると胸に抱きしめたまま、床にひざまづいた。

 

しかし、次の瞬間!

 

「よせ!マサムネ!!!」

ロンシャンの大きな声がとどろいた。

 

彼はあろうことか、ひとしきり震えたあと、おもむろに絵を振り上げ床に叩きつけた。

「グァシャッ」

額が割れ、ガラスが飛び散った。

 

「こんな絵のために...」

「こんな絵のためにボクは...」

「一番大切なものを無くしてしまったんだ!」

 

彼はひざまずいたまま、叩きつけた絵を見ながら号泣した。

ロンシャンが近寄り、肩をそっと引き寄せた。

 

「マサムネ、そうじゃないだろ?」

「キミはバンビーノのことを忘れてしまったのかい?」

「彼女はキミのことが大好きだったんだ」

「その絵は、バンビーノそのものなんだよ」

 

彼は額から飛び出てしまった絵を両手に持ち、胸に抱きしめ泣いた。

声にならない嗚咽が続き、悲しみが辺りを包んだ。

 

その絵を抱き、天井を見上げ泣く彼を見て、ロンシャンが何かを見つけた。

「マサムネ、それは?!」

 

彼は、ロンシャンの顔を見た。

 

「それだよマサムネ、絵の裏側になんて書いてある?」

ロンシャンは彼が持つ絵を指さした。

「額から出さない約束」が、あったため絵の裏側は誰も見たことがなかった。

 

しかし彼は、知っていた。

「ボクのサインです...初めて作品に描いた名前なんです...」

そう言いながら、絵をひっくりかえした。

 

彼は... 言葉を... 失った...

 

涙で目がかすみ読みにくかった。 

それは絵の裏側に、たった4行だけ書いてあった。

 

まさしくそれは...

 

バンビーノからの「最後の置き手紙」だった...

 

 

ミュンヒル・ロータリーの絵は、すべてあなたが描いた絵よ!

やっぱり、私の信じていたことは正しかったわ!

正しかったのよ、マサムネ、愛してる!

私にステキな人生をくれて、ありがとう!

masamune.yosano vanveeno harutosh! 

 

それを見たロンシャンは驚きを隠せなかった。

「なんてことだ、まさかとは思ったが、ミュンヒルがマサムネだったなんて...」

 

マサムネは、ゆっくり立ち上がり、絵をテーブルに置いた。

「ボクが初めて作品に書いた自分の名前」

「その上にメッセージ、横に名前を書き足したんだね、バンビーノ」

 

「あぁ、わかったよ!」

「この絵はバンビーノとの共作になったんだね!」

「やはり、この絵は君自身だったんだ」

「こんなにしてしまって、ごめんよ、バンビーノ」

 

「ゴホッ、ゴホ、ゴホッ」

そう言うと、彼は咳き込みながらその場に倒れてしまった。

 

「いかん、救急車だ!」

「すぐに救急車を呼んでくれ!」

ロンシャンは叫んだ。

 

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翌朝、彼は気付いたら病院のベッドの上だった。

看護には「恵歩(ミホ)」がついていた。

「マサムネさん、気が付きましたか?よかったです」

 

彼は言った。

「ここは?」

まだ状況がよくわかっていないようだった。

 

ミホは言った。

「病院です」

「きっと、あなたはロンシャンとの約束が気になって、徹夜続きで絵を仕上げたんでしょう?」

「過労が、たたったんですよ」 

そういうと、ニッコリほほ笑んだ。

 

彼は言った。

「あなたは...」

 

ミホは答えた。

「私は、恵歩(ミホ)と言います」

「開店前では大変失礼いたしました」

「バンビーノとは古くからの友達です」

 

「そうだったんだ...」彼はつぶやいた。

 

彼は、バンビーノに友達がいたことすら知らなかった。

ボクはいったい彼女の何を知っていたんだろう?

そう思うと、心の底から自分がなさけなくなった。 

 

「ミホさん、ボクは知らないことだらけだ」

「バンビーノと別れた後のことは,知らなくても仕方がない」

「ボクが女々しく思い続けていただけだから」

 

「しかし、一緒に暮らしているときも知らないことだらけなんだ」

「教えてくれないか?」

「キミが知るバンビーノのことを」

彼はベッドから体を起こし、ミホに懇願した。

 

ミホは、さっきとは違い厳しい表情で言った。

「わかりました、お教えします」

「しかし、お教えする前にひとつだけ訂正させてください」

 

「あなたは勘違いしている」

 

「あなたは絵に夢中で、彼女のことをないがしろにした」

「知らないのではなく、知ろうとしなかった」

「そう、思っていますよね」

 

彼は、静かにうなずいた。

 

「それは違います」

「彼女が教えなかったんです」

「バンビーノは、彼の絵の邪魔になるくらいなら『私は消えた方がいい』とまで言っていました」

「彼女のすべてが、あなたの絵に注がれていたのです」

 

「彼女は『信じてる、私が正しかったことを彼が証明してくれるの』と、口癖のように言っていました」

 

彼は、自分も知っているバンビーノの口癖と同じことを言ったミホに、真の友情を見た気がした。

そして、ミホは続けた。

 

「あなたの友人だった画家で画商のミュンヒルが、あなたがフランスにいるころからずっと、あなたの絵に自分の画家名を入れて売っていたことを知っていましたか?」

「ミュンヒルは、すくなくとも画商ですから、自分で描いた絵が、あなたの絵に遠く及ばないことを感じ、あなたから絵を買い上げていたんです」

 

「彼の家は、3代続く画商です」

「あなたに見つからない販売ルートがあったのでしょう」

「しかし絵が高く評価され、メディアに出ない幻の画家として有名になってしまった」

「そして、作品がバンビーノの目にも、ふれてしまったんです」

 

「それを突き止め、作品を見たバンビーノは、愕然としました」

「そして、ひどく怒っていました」

「私は、裁判所に訴えてやればいいと言いました」

 

「そうしたら、違うんです」

 

「あなたの絵の上に、サインをしたことをひどく怒っていたんです」

「あなたの絵を汚した!」

「どうして裏側にしてくれなかったのかって」

 

「私は、そんなバンビーノに唖然としましたけどね」

 

「しかしそのあとバンビーノから、もしあなたがここにいても、きっとそんなことは気にしないから、内緒にしておいてほしいと言われました」

 

「ロンシャンがミュンヒルの絵を買うことは、あなたの絵が店に飾られることです」

「なによりも、バンビーノが喜ぶことです」

「だから、私はロンシャンにも言いませんでした」

 

「しかし、あなたは現れた」

「もう、彼女と私の2人だけの秘密にする必要もありません」

「気持ちが楽になりました」

ミホは目を閉じた。

 

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 「世界にロンシャンは、この日本の店を合わせて17店あります」

「どの店にも、あなたのさくらの絵がミュンヒルの作品として飾ってあります」

「あなたが持って来てくれた絵も、すでに飾られていますよ」

 

「昨日、額を割ってしまった絵はバンビーノとの約束ですから、退院したらお渡ししますね」

そう言うと、ミホはやさしく微笑んだ。

 

彼は言った。

「あの絵は、フランスのお店に飾ってあるものを持ってきたと聞いたけどいいのかい?」

 

ミホは言った。

「それは大丈夫です」

「フランスのお店用はロンシャンの自宅から持ってきてもらいます」

「家に遊びに行った時、3枚飾ってあるのを見ました」

「フフフッ」

 

「それにあの絵にはバンビーノのサインまで入っているんですもの」

「あなたが持つのが一番ふさわしいでしょう」

 

ミホは嬉しそうに笑った。

 

彼は言った。

「よくわかったよ、ありがとう、そうだったんだね」

「ボクは名前や、たくさんのお金なんてどうでもいいんだ」

「ボクが描きたかった絵を、みんなが褒めてくれればそれでいいんだ」

 

「そして、いつも褒めてくれたのがバンビーノだったんだ」

「太陽のような笑顔でね」

 

そして、彼はどうしても、もうひとつ聞きたいことがあった。 

 

「ミホさん、もっ、も、もう一つ聞いてもいいかな?」

 

ミホは小さくうなずいた。

「その、あの、ボクたちの子供ってロンシャンさんに聞いたけど...」 

 

 ミホは言った。

「はい、男の子で、先月10歳になりました」

「名前はハルトシと言います」

「名付け親は、もちろんバンビーノです」

 

「やっぱり、そうか...」

彼は、絵の裏にあったサインの名前を思い出していた。

バンビーノの横にあった「harutosh!」の文字だ。

「本当は最後の文字は「i」(アイ)だが「!」(感嘆符)にして「愛」を強調したんだな」

彼はすぐに理解し「バンビーノらしいステキなサイン」だと思った。

 

ミホは続けた。

「バンビーノは、どうしても漢字の名をつけたかったんです」

「そして、私に教えて欲しいと相談して来ました」

 

「名前はすぐに決まりました」

「春が大好きだったバンビーノらしい名前です」

「あなたも喜んでくれると言っていました」

 

「そして漢字は、あなたの名前の治宗(マサムネ)から『治』の一文字を取りました」

「これは『ハル』と読めますね」

「それから私の恵歩(ミホ)の『恵』という字をつけると言い出し、困ったのですが最後には根負けしました」 

「これは人名字では『ト』と読めます」

「そして最後の『シ』という字はなかなか決まらなくて悩んだあげく『須』という字が気に入りつけました。

部首の「さんづくり」が「さんずい」などと違って同じ方向を向き、三人で芝生の上を寝そべるような字だと喜んでいました。

ミホは嬉しそうに言った。

 

「ステキな名前だね、さすがバンビーノだ」

「ミホさんも本当にありがとう、バンビーノの喜ぶ顔が目に浮かんだよ」

そういうと彼は目を閉じた。

 

「ゴホ、ゴホッ」

少しセキが出始めた。

 

聞きたいことはまだまだあるが、ミホの気遣いで明日にすることになった。

 

翌日、ミホはロンシャンと一緒に病室を訪れた。

窓からはカーテン越しに、やわらかな光がさしていた。

 

「やぁ、マサムネ、調子はどうだい?」

「急に倒れるから驚いたよ」

「なにからなにまで老人を驚かせるなぁ」

「君も、バンビーノも!」

 

ロンシャンは、手に持っていた四角い包みを差し出した。

「ほら、マサムネ、お見舞いだ、何よりも元気が出るぞ!」

 

そう言われ、彼は両手で受け取り包装をはがした。

すると中からあの絵が出てきた。

 

「ロンシャンさんこれは...」

 

ロンシャンは言った。

「昨日、日本で言う大工を呼んで作ってもらったんだ」

「うちの店を作ってくれた職人さんだよ」

「額から出したままじゃいけないと思ってね」

 

「マサムネ、キミは額に合わせてキャンバスを選び、絵を描いただろう?」

「これは違うんだ、絵に合わせて額を作ったんだ」

「裏側も見てくれよ」

 

彼は額を裏返した。

なんと!裏面の一部がガラス張りになっていた。

もちろんメッセージとサインの部分であった。

 

「最高です、ロンシャンさん」

「これじゃ、どっち向きに飾っていいのか分からないです」

「本当にありがとうございます」

 

彼は裏面を凝視しながら涙ぐんだ。

 

ロンシャンは言った。

「マサムネ、ミホから色々聞いただろ?」

「バンビーノはキミとの出会いに感謝していた」

「後悔なんて、どこにもなかったんだ」

 

「これからもいい作品を描き続けてくれ」

「出来た絵は、私がすべて買うよ」

 

「上からサインはしないがね」

ロンシャンがサインを描く真似をして、おどけて見せた。

 

「ハッハッハッハ...」病室が笑いに包まれた。

 

「ちなみにマサムネ、私はキミが持ってきてくれたあの絵を、いくらで買えばいいんだい?」

「もう店に飾ってしまって返せないがね」

ロンシャンは両手を広げ、にやけた顔で首を振りながら言った。

 

彼は言った。

「もちろん差し上げます」

 

「本当に、お世話になってしまいました」

「ロンシャンさんが、ボクを探してくれなければ何もわからなかった」

「最後の置手紙も受け取ることが出来ませんでした」

「そのお礼になれば、うれしいです」

 

ロンシャンは言った。

「マサムネ、キミは知らないだろうが、あの絵を買おうとすれば500万フランはするんだ」

「タダで受け取るなんて出来ないよ」

 

「500万フラン?本当ですか?」

彼は驚いた。

「そうなんですね、それはよかったです」

「バンビーノに褒めてもらえるなぁ」

「青いスカートも、たくさん買ってあげられる」

 

彼は明るくハッキリとした口調で言った。

 

「実はボクはもうすぐ死ぬんです」

 

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「肺に悪い腫瘍があって、数か月前に『あと半年』という余命宣告をされました」

「それで、体力のあるうちに最後の一枚を描こうと外へ出たんです」

「思い出のある『さくらの花びらが風に舞う風景』です」

「そこでロンシャンさんに出会い、この奇跡をもらったんです」

「感謝しても、感謝しきれません」

「きっとバンビーノが引き合わせてくれたんですね」

 

嬉しそうに話す彼を見て、ロンシャンもミホも言葉を失った。

 

「そうだ!もし許されるのなら息子に『ハルトシ』に、少しお金をいただけませんか?」

「息子なんておこがましいですが、ボクには残してあげられるものがありません」

「いま、どこにいるのかわかりませんが、孤児院なら寄付を、養子なら、その家へ少しでいいですから、渡していただけませんか?」

 

ロンシャンは言った。

「わかったよマサムネ、約束する、必ずだ」

 

彼は言った。

「ありがとうございます」

「それから...」

 

「ボクが死んだら、この絵も一緒に渡して下さい」

「後は、飾っても換金してもかまいません」

「自由にさせてあげてください」

彼は満足そうな顔をした。

 

ロンシャンはミホと顔を見合わせた。

ロンシャンはミホに目で語った。

そしてミホは小さく頷き、病室を出て行った。

 

ロンシャンは言った。

「マサムネ、話疲れただろう」

「少し横になるといい」

 

そういうと病室から出て行った。

ロンシャンは、廊下のベンチシートに座り、頭を抱えた。

 

「なんてことだ、マサムネにやっと出会えたのに」

「彼がそんな病気だったなんて、残酷過ぎるじゃないか」

「あぁ、神よ、私はあなたのことが嫌いになりそうだ」

 

ロンシャンは涙が止まらなかった。

 

それから一時間後、ミホがやってきた。

 

「早かったな、ミホ」

「私は少々疲れてしまったようだ」

「あとはまかせていいかな?」

ロンシャンは言った。

 

「わかりました」ミホはうなずいた。

 

「ハル、よく来てくれたな、待ってたよ」

ロンシャンは、ミホが連れてきた子供に手招きした。 

 

ミホは「ハルトシ」を連れに行っていたのだ。

「ハル」は、世界中のロンシャンの従業員が知るアイドルだ。

小さい頃からバンビーノに連れられ、控室で遊んでいた。

代わる代わる来る研修生たちに可愛がってもらっていたのだ。 

だから、人見知りもなく、とてもひとなつこい。

 

「うん、おじいちゃんもね!」

ハルトシは、ロンシャンの首に飛びついた。

 

「ミホ、一緒に連れてきていてよかったね」

ロンシャンが言った。

 

「はい、本当にそう思います」

「やっぱりバンビーノが、どこかから手を差し伸べてるんですよ」

ミホは嬉しそうに言った。

 

「そうだな、本当にそう思うよ」 

「マサムネは、ハルを見てまた倒れるんじゃないか?」

ロンシャンが言った。

 

「ここは病院ですから大丈夫ですよ」

笑いながらミホが返した。

 

「さぁ、ハル、行こうか?」

ミホはしゃがんで、ハルトシの顔をなで立ちあがった。

 

「ミホママ、ちょっと待って!」

 

ハルは「ミホ」のことを小さい頃から「ミホママ」と呼んでいた。

バンビーノは、彼と別れた後、住むところが無く、ミホのアパートに泊めてもらっていた。

そして、バンビーノが妊婦であることがわかると、ミホは同居の提案を彼女にしたのだ。

それからは、ずっと3人で暮らして来た。

だから「ハル」にはママが2人いる。

 

ハルは胸に両手を当て、大きく深呼吸した。

そして、ミホと手をつなぎ直し、病室のドアをノックした。

 

「コン、コン、コン、コン」 

「ガチャ」ドアを開けた。

マサムネは寝ているようだ。

 

ハルトシは、ここに来るまでにミホから聞かされていた。

自分の本当の父親であると、

そしてもうすぐ死んでしまうことを。

 

実感がなかったから悲しくなかったが、子供ながら複雑な気持ちだった。

どうやって接していいのかわからない。

しかし、バンビーノと暮らした10年間で、もの心ついたときから「父の偉大さ」「素晴らしさ」を、毎日のように聞かされていた。

 

「だから、ずっと会いたかった」

 

それが答えのすべてだった。

 

ハルトシは子供らしく、寝ているマサムネの布団の上にダイブした。

びっくりして飛び起きたマサムネに、ハルはこう言った。

 

「はやく起きて、おじさんがボクのパパなんでしょ?」

 

「ママからずっと聞いてたんだ、毎日毎日ね」

 

「ママは、パパのことが大好きだって言ってた」

「ママは、パパと出会えて幸せだと言ってた」

「ママは、パパのことを話すとき、一番笑ってたんだ!」 

 

「写真が一枚も無かったから、どんな人なのか、いつも想像してた」

「会いたかったんだよ、パパ」 

「会いたかった!」

 

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マサムネは困惑した。

突然現れた子供が、自分のことを「パパ」と言っている。

時間の流れを素直に受け止められなかった。

 

しかし、初めて見る我が子は、まさしく自分の子供だった。

目や髪の色は黒く、顔立ちもすごく似ていた。

そして、見つめる目もとはバンビーノにそっくりだ。

すぐに「ギュッ」と、抱きしめることが出来た。

 

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「あぁ、ハルトシ、いい名前だ」

「ごめんよ、ずっと会えなくて、ごめんよ」

マサムネは何度もあやまりながら抱きしめた。

 

それを見ていたミホは、小さくうなずきながら泣いていた。

廊下で、話し声を聞いていたロンシャンも肩を震わせ泣いた。

 

ミホは「会わせていいものか」と、さっきまで思っていた。 

しかし今は「本当に連れてきて良かった」と思った。

 

それから数日で、マサムネは退院した。

退院するとき「もう一枚、絵が描けそうだ」と言った。

しかし、それから絵を描き上げることはなかった...。

 

今も彼の魂は、木造アパートの一階で絵を描いている。

そう思えるほど、彼の「描きかけのデッサン」は見事だった。

 

そして...

バンビーノが信じていたことは正しかった。

彼の絵は、世界中で絶賛され名前を残す画家となった。

 

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今頃バンビーノに色んな絵を見せているに違いない。 

きっと「ステキな絵ね」と、微笑んでくれていることだろう。

 

そして、後日行われた彼の葬儀で飾られたのは...

彼の代表作「無題」という名の絵だった...。

 

 

 

すべてを話し終わった社長は、静かに目を開けみんなに言った。

 

「彼の死後、ミュンヒルが自白し、不運の名画家として名高い「マサムネ・ヨサノ」が生まれたんだ」

「これは皆が知る、有名な話だね」

「唯一、マサムネのネームの入ったこの絵は、もちろん市場に出ないが、もし出たとしたら800万ユーロはくだらないだろうね」

 

「どうかな?たまには、話もいいもんだろ」

 

「え~っ」

「それが鈴木さんすかぁ~!」

「いや、ありえないっしょ!」

「だって、そもそも苗字がヨサノじゃないっすか、本当なら」

「さっき、その絵を外しましたけど裏側はガラスになってなかったすよ」

川崎は驚きを超越しながら言った。

 

「本当の話なんですか?社長」

「すごい話ですけどねぇ」

本多は冷静に言った。

 

「うそだよねぇ、さすがにぃ」

「鈴木さんがハーフって、ハハハッ」

山葉は笑いながら言った。

 

「ガチャ」

事務所の扉が開いた。

 

「鈴木さ~ん」

川崎は叫けび、みんなが一斉に鈴木を見た。

鈴木は絵と思われる包を持っていた。

 

「なんだ、みんなまだいたのか?」

「社長まで、めずらしいな」

「なんの話してたの?」

 

鈴木は梱包を解き、みんなにそれを見せた。

「社長、ちょうどよかった、これ飾っていい?」

それは、絵の下書きのようなデッサンだった。

 

「いいぞ、好きに飾れよ」社長が言った。

「そんじゃ、この辺に飾ろっかな」

 鈴木はゴキゲンだった。

 

よく見ると、鈴木の目は少し茶色く見えた。

髪も黒ではなく茶に近い。

言われてみれば、たしかに色も白い。

 

しかし、ホントなら「鈴木」という苗字もおかしい。

亡くなった両親の話を本人にも聞きにくい。

 

本多は席を外し、車庫に行った。

そして「TS葬儀社の大東部長」の携帯に電話した。

(大東部長 ドライバー第二章 参照)

 

元いたのなら何か知っているはずだ。

しかも、2人は仲がよさそうだった。

 

「プルルル、プ、もしもし大東です」

さすがの部長2コールで出た。

 

「もしもし、ライラックの本多です」

「ご無沙汰してます」

 

「久しぶりですね本多さん、お元気でしたか?」

相変わらず、丁寧でやさしい声だ。

 

「部長、ちょっとお伺いしたいことがあって...」

「プライベートなことなんですけど...」

本多が小声で言った。

 

「なんですか?私でわかることでしたら」

大東が返した。

 

本多は続けた。

「実は鈴木さんのことなんですけど」

「TSさんに勤務していたとか聞いたんですけど...」

 

大東が言った。

「そうですね、実務としては私と入れ違いぐらいでしたね」

「私は、まだ新入社員に毛が生えた程度でしたが...」

 

「本多さんが、ご存知かどうかわかりませんが、TSはこの業界では若い会社で、まだ創業30年過ぎたくらいなんです」

「会食の料理がおいしく、接客がいいことで評判になり、急激に大きくなった会社です」

 「しかし、退社はしてないですよ、鈴木さん」

 

「えっ、どういうことですか?」本多は聞いた。

 

「あれ、知りませんでしたか?」

「うちの葬儀社のTSって創業者の『タカフミ・スズキ』から取ったんですけど、鈴木さんのお父さんですよ」

「鈴木さんは社長のひとり息子で、いまでもTSの常務取締役です」

 「そちらの仕事が忙しくて、経営会議ぐらいにしか顔はだされませんけどね」

 

本多は沈黙した。

「もともと、うちの社長は「ロンシャン」と言う有名フレンチの本店で修行して、日本に戻ってきてから創業したと聞いています」

「奥様が専務をされていて、名前は読みずらいのですが「めぐむに、あゆむ」と書いて恵歩(ミホ)さんといいます」

「75歳を過ぎてますが、いまでも現場に出て接客されることがあります」

「いつも青いスカートをお召しで、ステキな方ですよ」

 

「え~っ!?」

 

(バンビーノ、待たせたね!) 

 

本多の声が車庫中に響いた。

 

「部長、ちなみに鈴木さんって、なんでうちにいるのかご存知ですか?」

本多は疑問をぶつけた。

 

大東は少し間を置き答えた。

「鈴木さんが25~6歳くらいの時に『修行に出る』と言い出したんです」

「社長は反対したんですが、奥様がお許しになったそうです」

「どうせならと、当時、TSには搬送車がなかったので御社に行ったみたいですよ」

 

「最初は『すぐに戻ってくるだろう』と、たかをくくっていたようですが、そちらの居心地が良かったんでしょうね」

「すっかり、ライラックの鈴木さんになってしまいました」

「ちなみにこれは、うちの従業員も知りませんから内緒でお願いしますね」

 

大東は続けた。 

「当時、私もハタチを回ったくらいでしたが、鈴木さんが最後の挨拶で言った言葉は今でも忘れられません」

「便宜上、皆の前で退社の挨拶をしたんです」

「もちろん当時は本当に退社すると思っていました」

「そのとき鈴木さんは、こう言ったんです」

 

「自分の絵を描くために勉強してきます」

 

「意味はわかりませんでしたが、そう言ったんです」

 

本多は大東部長の話を聞き、もう何が何やら、わからなくなっていた。 

 

ただ、もうひとつ確認したいことがあった。

「大東部長、もしかしてTSさんに、さくらの絵なんか飾ってありますか?」

 

大東が答えた。

「よくご存じですね」

「社長室にあるんですが『マサムネ・ヨサノ』の絵だと聞いています」

「私が入社した時にはすでに飾られていました」

「社長と専務の机の後ろにあるので、あまり近くで見たことはありませんが、絵画としては小さいものですね」

 

「柱につるして飾ってあるので、以前、風か何かで、絵が裏返ってしまっていたことがありました」

「私は、すぐにお伝えしたのですが、専務に『そのままでいいのよ』と言われました」

 

「それから、たしか鈴木さんが額から出して、両面コピーしてましたね」

「その時も、普通に素手でさわっていましたから『手袋しなくて大丈夫ですか?』と、聞いたら『えっ、どうして?』と言われたのを覚えています」

 

「ほら、ほんの先日、ニュースで不運の名画家マサムネが暮らしていたと言われている、木造アパートの取り壊しの時に『名前のない絵のデッサン』が見つかって、鑑定したら本物だったってあったじゃないですか」

 

「ニュースで印象的だったのは、持ち主が『信じていたことが正しかったことを証明する』と、なぜかフランスのオークションに出品して、たしか最後は3人で競って、日本円で8億円くらいで落札したと思います」 

 

「うちにあるのは、それほどの画家の作品とは思えない扱いですからね」

「上手な絵描きさんの贋作か、コピーだと思いますよ」

「そちらに手土産で持って行ったと思いましたが、ありませんか?」

 

「え~っ!あります!」

「ホントの話ですか!!?」

「アパートって?」

本多は驚き疲れてしまった。

 

「すでに、お亡くなりになっているみたいですが、外国の方が、その一室をずっと借りていたそうですよ」

「お家賃を30年分ぐらい先払いされていたそうで、それが終わって取り壊したと言っていました」

「たまにどなたかが掃除に来てたみたいですよ」

大東はニュースの内容を伝えた。

 

「だいたいわかりました」 

「部長、長々と、ありがとうございました」

「電話があったことは、みんなに内緒でお願いします」

 

「変な人ですねぇ本多さん、わかりましたよ」

「でも今の話、御社の社長さんは、全部知っていますよ」

「それじゃまた、いつでも待ってますよ」

大東は、笑いながらそう言うと電話を切った。

 

「ガチャ」 

車庫の扉が開く音がした。

本多が振り向くと、鈴木が慌てて入って来た。

「騒がしいな、本多」

「仕事が入った!出るからな」

 

「あっ、行ってらっしゃい」

「さっきのデッサン画、素敵でしたね」

本多はにやけてしまった。

 

「なんだ、嬉しそうだな」

「いい絵だろ、毎日見てやってくれよ」

「それはそうと、なんかいいことでもあったのか?」

鈴木が言った。

 

「はい、ありました」

 

「そうか、そりゃあ良かったな、気を付けて帰れよ」

 

「はい、ありがとうございます」

「鈴木さんも、お気をつけて」

 

「おぅ、ありがとよ!」

鈴木が手を振って車に乗り込んだ。

 

本多は、見送りながら思った。

 

「やっぱりみんなに、かつがれている」

べらんめえ調なフランス人のハーフで、TSの御曹司。

そして悲運の画家「マサムネ・ヨサノ」の一人息子。 

 

絶対にない!

 

おわり

 

いかがでしたか。

ドライバー第三章「無題 ある絵描きの死」

お楽しみいただけましたでしょうか?

今回の小説は、頭の中で出演者たちが「そうじゃない、こうなんだ」と語りかけてきて大変苦労しました。

(幻覚じゃないです、イメージです 笑)

点と線がつながらない、点が置けないなど多々あり面白かったです。

疑問がありましたらコメントまでお願いします。

 

ちなみに物語に出てくる通貨ですが、フラン(フランスフラン)は、すでに廃止になりユーロに変わっています。

 

大雑把に説明します。

1500フラン=30,000円くらい

(ミュンヒルが初めてさくらの絵を買った値段)

3000フラン=60,000円くらい

(安定してきたころの買い取り額)

500万フラン=1億円くらい

(10年後の市場価格)

800万ユーロ=10億円くらい

(現在の価格)

と、なります。

 

架空のものですが、物語には重要なファクターでしたのでご説明しました。

モデルは特にいませんが、初めにお伝えした通り、ボクの大好きなamazarashiの「無題」という歌をオマージュしたものです。

いつか、秋田さん、豊田さんに褒めてもらえたらいいなぁ。

誰か伝えてくれないかなぁ。

誰か漫画にしてくれないかなぁ。

もっと伝わるのになぁ。

ボクが天才だったならなぁ(笑)

 

今日のお話はここまでです。

 

あなたの今日がステキな一日でありますように!

チャバティ64でした。

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