実は、バイク乗りに捧げる連続小説ドライバー? 第一章リターンズ「昨日の夜」
こんにちは、チャバティ64です。
仕事はお茶の販売をしています。
BASEの「お茶の愛葉園」(あいばえん)
というショップを趣味で運営しています。
よろしくお願いします。
今日は、連続小説ドライバー?の第一章リターンズをお送りします。
ショートストーリーですが、そこそこ読みごたえ(字数)があるものです。
実は、年配のバイク乗りにぜひ読んでいただき「クスッ」と笑って頂きたい仕様になっています。
お楽しみ下さい。
目がかすむ連続小説 ドライバー?第一章「昨日の夜」
(この物語はフィクションです、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません)
行く道は涙で濡れ、
行く道は嘆きにあふれ、
行く道は悲しみの数だけ続く、
・・・「DRIVER」
《イントロダクション》
職業?
あんまり言わないけど、しいて言えばドライバーかなぁ?
イメージとしてはトラックじゃなくて、タクシードライバーに近いね。
お客様は、年配の方が中心で、みんな無口なのが共通点だね。
それでもたまぁに、ベラベラしゃべる人がいるんだけど気を使っちゃって苦手だなぁ。
ガツガツ行ける仕事じゃないし「まいど!」とか「ありがとう」とも言えないし。
車は、もちろんお客様を乗せるから深緑色の営業ナンバーだよ。
うちはミニバンだけど、よそはステーションワゴンもあるね。
基本的には3~4人乗りで、中には5人乗れるものもあったと思ったなぁ。
窓は真っ黒なフィルムが張られているから車内はちょっと暗いね。
結構な改造車だから買うと高いらしいよ。
えっ?趣味?
趣味って言えるかどうかわからないけど、筋トレかなぁ?
職業病だね。
フリーウエイト中心、とくに「デッドリフトとベンチプレス」が好きかな。
あと、タバコが好きだね。
一日2箱は吸うよ。
今時だけど喫煙率高いよ~うちの従業員は。
酒?
酒はやらない、一滴もやらない。
仕事になんないからね。
それでも接待なんかもあるから、酒の付き合いは大切にしてるよ。
前は最初から最後までウーロン茶だったけど、今は「ノンアルコールで乾杯!」が、雰囲気的にいいのかな。
そうとはいえ、趣味らしい趣味はいまいち思いつかないなぁ... 。
あぁ、あと、通勤はバイクだよ、社員みんな。
渋滞で遅刻なんて洒落にならないからね。
いつも心掛けてること?
そうだね、いつ何時も身だしなみには人一倍気を使ってるよ。
寝ぐせや無精ひげなんかは、絶対に無いね。
爪、口臭なんかも、みんなで言い合ってるよ。
もちろん言葉使いも、やさしく丁寧を心掛けてる。
お辞儀(立礼)に至っては直角だよ。
それだけじゃないけどね。
仕事は100%で当たり前、98%ならクレーム。
常にお客様に採点されてると思って気は抜けない。
抜こうとも思わないけどね(笑)
知られてる仕事じゃないけど、やりがいはある。
拍手もガッツポーズもないけど、頑張ってるよ。
《本編》
2月も終わり頃、外は晴れ、三日月のキレイな夜。
赤い大きなテールランプを光らせ、4台入る車庫の一番事務所側に、一台の車がバックでゆっくりと入ってきた。
事務所の窓から見えるその車は、昨日も念入りに洗車したことを伝えるかのように、車庫の灯りに照らされて、黒塗りがまぶしく光り輝いていた。
「ギィッ」と、サイドブレーキのかかる音がした。
「ガチャッ」車のドアが開き「ダムン」と、勢いよく閉まる音がした。
「ただいま戻りました」そう言いながら「本多」が事務所に入ってきた。
(本多 金翼 ほんだ つばさ 37歳 男 妻あり 子供2人)
車庫の勝手口から、一直線に事務員の「山葉」を目指し、業務終了の伝票を手渡した。
(山葉 有舌都 やまは あずみ 51歳 女 夫あり)
「お疲れ様、寒かったでしょう、変わったことはなかった?」
手渡された伝票を見ながら山葉が言った。
「いやぁ、湯灌屋の丸正さんが先についてて、手伝ってくれたから助かりました」
本多は机で業務報告を書きながら笑顔で答えた。
その言葉に向かいの机にいた後輩の「川崎」が、にやけながら言った。
(川崎 是通 かわさき ゆきみち 30才 男 妻あり 子供一人)
「本多さん古いなぁ、今は納棺師って言うんすよ」
それを聞いた本多は、少しまじめな顔で答えた。
「そうなのか、格式が上がったみたいだなぁ」
夜なのに窓際の観葉植物に水をやっていた「鈴木」が続けて言った。
(鈴木 治恵須 すずき はるとし 51歳 男 子供一人)
「納棺師って言えば、少し前だけど『おくりびと』って映画はよかったよなぁ」
「最後のシーンで使った布張り棺(表面に布が張り付けてあるきれいな棺)が、ちょっとしたブームになっててさ、火葬場でしょっちゅう見かけたもんな」
「あれ結構高いのなんだよな~」
山葉が笑いながら言った。
「よかったってそっち?売上?」
続けて鈴木が言った。
「それからさぁ、求人かけなくてもジャンジャン面接に人が来るらしいな」
「前は求人どころか、なんの仕事かもわかんなかったのによ」
それを聞いて山葉が言った。
「葬儀屋さんを辞めた人のスカウトが、ほとんどっだったわよねぇ」
本多も笑いながら言った。
「スカウトっていうか、説得? ハハハッ」
鈴木がしみじみと窓の月を見ながら言った。
「俺達の方がよっぽど『おくりびと』なのになぁ」
「ところで鈴木さん?」本多が言った。
「今日のお客様、ご自宅に到着したとき、すでに住職が来ていたんですよ」
「いつものように、タンカを持つのを手伝ってもらおうと思って、家の人に声をかけてたら『妊婦と未成年には持たせちゃいかんぞ』って言われたんですよ」
「聞いたことありますか?」
「あぁ、華徒真(カトマ)宗だな」
「このあたりは少ないんだけど、俺も一度だけ言われたことあるよ」
「まぁ妊婦さんや、未成年に手伝ってもらうことは、滅多にないと思うけどなぁ」
経験豊富な鈴木らしい話だった。
「へぇ、そんなのあるんすね」
川崎が口を尖らし首をかしげながら言った。
そんな会話の中、電話がけたたましく鳴った。
山葉が3コール待ってから受話器を取った。
「もしもし、ライラック特殊搬送です」
「はい、どちらのお迎えですか?」
「・・・・」
山葉がメモ帳のペンを取りながら上目使いで、うなずきながら皆を見た。
談笑の雰囲気が一瞬で緊張に変わった。
電話の主は市内にある病院の看護師さんだった。
「お世話になります、KR病院看護師の宮田です」
「患者様のご遺族の希望で霊安室は使用いたしませんので、RS病棟750号室へ直接お迎えでお願いします」
「時間指定はありませんので、なるべく早く来ていただけると助かります」
山葉は、アイコンタクトで当直の川崎にお迎えの準備を促し、そして言った。
「かしこまりました、KR病院宮田様、大至急準備いたします」
「それでは、お客様のご詳細をお教え下さい」
「お名前、年齢、お送り先、ご遺族はお見えですか?」
「身長と宗教がおわかりになればお教えください」
看護師の宮田が答えた。
「お名前はヨシハラ ヒデキ様、年齢は45歳」
「送り先はご自宅で市内富士十うさぎ地区です」
「ご家族は長男と奥様がお見えです」
「身長は175㎝くらい、仏教だそうですが・・・詳しくはわかりません」
事務所の窓の向こうでは本多と川崎があわただしく、出発の準備をしている。
先ほど、本多が乗ってきた車に用品一式を積み込み、最後にドライアイスを20kg分クーラーボックスに入れた。
山葉は窓の向こうの川崎に右手を差し出し、手刀から、人差し指と親指で「L」を作った。
川崎は頷き、用品の一部を交換し準備が整った。
「かしこまりました」
「それでは直ちに出発いたします」
「到着時間は、現時点の道路状況なら21:30分頃になるかと思います」
「道路事情で遅くなるようでしたら宮田様までご連絡いたしますのでしばらくお待ちください」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
宮田の言葉を聞いた山葉は静かに受話器を置いた。
山葉は故人宅を住宅地図で探しながら言った。
「ハイ、川崎君、これ指示書ね」
「時間、距離、スクランブルでよろしく!」
山葉は故人宅を見つけ驚きながら言った。
「うわぁ、すごく敷地の大きな家だわ」
「道路からもだけど、家の中でも結構な移動になるかもしれないわね」
「それに故人がお若いから、特に気を付けて」
指示書に目を通しながら川崎はうなずいた。
本多が言った。
「川崎、たまには一緒に行こうか?背が高いみたいだしなぁ」
本多は先ほど外したばかりの「黒いネクタイと胸の名札」を付けなおしている。
それを見て川崎が言った。
「いやぁ、そりゃありがたいすけど、この時間から大丈夫すか?」
「俺なら全然大丈夫、明日は休みだし帰って寝るだけだよ」
「子供達も風呂に入ったろうし、かみさんにメール入れとくよ」
「さぁ、急ごう!」
本多は川崎の背中を「ポン」と叩き車に向かった。
「それじゃ、行ってきます」
そう告げると川崎も運転席に飛び乗りオドメーターと、ダッシュボード中央にある、今時の車には、めずらしい「針の時計」を確認した。
「トリップ ゼロ点確認 32,450km・21時10分、KR病院に向け出発します」
さすがに夜は道路がすいていて予定より5分早く病院に着いた。
車を止めると速攻で、タンカ付きのストレッチャーと呼ばれる台車を下ろし、人気のない裏口の通路からRS病棟750号室に向かった。
「ライラック特殊搬送です。ヨシハラヒデキ様のお迎えに上がりました」
二人で深々とお辞儀し、ご遺族、看護師さんに挨拶を終えると故人を病室のベッドからストレッチャーのタンカに手際よく移動した。
やはり背が高く、若いからかすごく重い、川崎は「本多さんがいてくれて助かった」と思っていた。
小さな布団に寝かせ、顔あて(白い布)をしてからグリーンの綿布で包み込んだ。
準備が整い本多が言った。
「それでは、お車の方にお連れしますが、どちら様か一緒にお乗りになられますか?」
奥様らしき方が言った。
「一緒に乗っていかないとダメですか?」
それに答えるように本多は返した。
「ダメということはありません」
「お乗りにならなくても結構ですが、ご自宅までの道順もありますので、お車でお越しでしたら、お手数ですが先導していただけると大変助かります」
その時だった。
「ボク、一緒に乗ってくよ」
高校の制服を着た、ご子息らしき青年が言った。
「このブレザーは、たしか県下で一番の進学校だ」
本多は思った。
「頼んでいいのね宗一、弁二が待ってるから」
「先に帰ってお父さんのお布団ひいてるわね」
奥様(確定)が言った。
「いいよ、お父さんと一緒に帰るから」
「ボクが道案内するから、心配しないでいいよ」
ご子息(確定 以下、宗一君)が言った。
「では、私は車ですので、よろしくお願いします」
会釈しながら奥様は廊下を走って行った。
「たいしたもんだ、気丈で立派な子だなぁ」
やりとりを聞いていた本多は、とても感心すると共に、素晴らしい子育てをしたお父様も『さぞ心残りだろう』と思った。
看護師さんを先頭に少々暗い廊下を進み、車の止めてある裏口から出て、故人を乗せたストレッチャーを車両に格納した。
車両後部にはすでに、お見送りの医師と看護師が数名到着し見守っていた。
バックドアを静かに閉め、一歩下がり本多は川崎と横並びで車の中にいる故人に向かって深々と頭を下げた。
それから一瞬だけ間をおいて、くるりと180度振り返り本多は言った。
「これよりヨシハラ様をご自宅までゆっくりご丁重にお送りいたします」
看護師の方に視線を向けながら「お手伝いいただきありがとうございました」
次に医師に目を向け「それでは失礼いたします」
そう告げると、二人そろって深々とお辞儀をした。
車両に乗り込み川崎は言った
「ヨシハラ様、シートベルトをお願いいたします」
宗一君は、あわててシートベルトを締めた。
「それでは、32,455km・10時15分ヨシハラ様のご自宅に向け出発いたします」
「よろしくお願いします」宗一君が言った。
道中では、道順以外に声をかけることはほぼ無い。
昼間でお年寄りなら思い出の場所を巡りながら家に帰ることもたまにあるが、故人は若く、宗一君も気丈に見えるが内心はつらいだろうと本多は思った。
「これからどうするんですか?」
突然、宗一君が言った。
川崎は運転中なので本多が後ろを振り返り、暗いながらも目を見て説明した。
「これから、お父様をご自宅にお連れして玄関からお帰りになっていただきます」
「お疲れですので、いつも寝ていらっしゃたお布団でお休みしていただきます」
「そのあと少々、処置をして枕もとにお経をあげるためのお飾りをします」
「それが出来ましたらお寺様に連絡して『枕経』というお経をあげてもらいます」
「時間が時間ですのでお寺様は明日の連絡になるかもしれません」
「考え方ですが、お父様は早く退院してお家にお帰りになりたかったと思います」
「本日やっと退院してご自宅でお休みになれるので、皆さまお部屋が別でしたら、お布団を持ってきて一緒にお休みになるとお父様もお喜びになるんではないでしょうか?」
説明に本多らしい、やさしいアドバイスもあった。
ここまで告げたところで自宅に到着した。
山葉が言った通り敷地の広い大きな家だった。
玄関先には奥様ともう一人、宗一君によく似た子が立っていた。
「あの子が弁二君かな?」本多は思った。
自宅の敷地は広いが、門が大きく、車は頭から入り玄関に近づくことが出来た。
玄関のちょうど真上の二階には、明かりが煌々とついていて、とても明るかった。
本多は到着と同時に車を降り、助手席後ろのスライドドアを開け言った。
「到着いたしました、足元にお気を付けになって、お降り下さい」
降りると同時に宗一君はこう言った。
「すいません、ちょっと待っていて下さい」
「弟をすぐに呼んできます!」
「病院でタンカに四か所取手があるのを見ました」
「お父さんを家の中へ運ぶのを手伝わせて下さい」
そう言って走って行った。
「なんて立派な子なんだろう」
本多は少し「にやけ顔」をしてしまったことを見られないように下を向いた。
先ほど、素晴らしい子育てをしたお父様のことを「さぞ心残りだろう」などと思ったが、それは間違いで「さぞ鼻が高いことだろう」と、思わずにいられなかった。
気を取り直し、本多は川崎に言った。
「川崎、奥様に宗派を聞いてきたほうがいいな」
「わからなかったから色々持ってきてるしな」
「そうっすね、すぐに聞いてきます」
川崎は走って行き、すぐに戻ってきた。
「本多さん、マズいっす、例の華徒真宗っす!」
「えっ、ホントに?」
「こりゃ困ったな!宗一君、弟を連れに行ったぞ」
「しかたがないなぁ」
そういうと本多は玄関前で弟に話をする宗一君に宗派の事情を説明した。
すると宗一君は、神妙な顔つきで言った。
「わかりました」
「お寺様にお許し頂けるようお願いしてみます」
「それならいいですよね!」
「もう少しだけ待ってください」
本多は押された。
「わかりました、お待ちしています」
宗一君は廊下の電話に向かって駆け込んでいった。
それから5分後、車の前で待機していたところへ、2人が走ってきた。
「本多さん・川崎さんやりましたよ!」
「手伝っていいって!」
宗一君は嬉しそうに言った。
しかも胸の名札まで確認しているなんて、ますます感心するばかりだった。
本多はまた「にやけそうになる」のを堪えた。
聞けば弟の弁二君はまだ中学生だった。
やはりしっかりしたあいさつの出来る、お子さんで感心させられた。
それから、家に入り布団の向きや位置を確認し、弁二君を含む男4人でお父様をお連れした。
お布団にゆっくり寝かせて一通り処置をした。
お飾りを済ませた頃、弁二君はいなくなっていた。
宗一君はお母さんの背中をさすりながら正座してこちらをジッと見ていた。
弁二君にも一緒に聞いて欲しかったが、奥様と宗一君に説明を始めることにした。
なぜ一緒に聞いて欲しかったかというと、奥様が病院で見た気丈な感じが無くなり、うつむいたままだったからだ。
家のことはやはり女性が大切で、やってもらいたいことがたくさんあるが仕方ない。
故人の右側に座布団をしき、四人共に正座をしながら開始した。
うなだれた奥様は頼りなく宗一君が主体となった。
本人もその認識が高く、刺さりそうなまなざしで、一語一句逃さない気構えが見えた。
手にはメモ用紙とペンも握られている。
「やはり、この子はスゴイな!」本多は思った。
故人の右側に4人共に正座をしながら開始した。
まず、スケジュール確認のため本多が言った。
「先ほどお寺様に電話をされたときご住職は何かおっしゃってましたか?」
「明日の午前中に枕経というものをするそうです」
宗一君が言った。
「わかりました」本多は静かに話を始めた。
となりにいる川崎も,話術を学ぶべく聞き入った。
「俗説的なお話をしますと……」
「お父様はまだ故人ではなく……」
「今日はタンカでお連れしました……」
「息子さんたちの肩を借りて……」
「お父様も御立派なご子息に支えられて…」
「もちろん、故人ではありませんので……」
「ロウソクや線香は置いてあります……」
「お経をあげてからは絶やさず……」
「火の取り扱いには十分注意して……」
「ご飯を炊いてお茶碗にテンコ盛り……」
15分程だろうか長々話している感じはしないが時間は過ぎていた。
「あとは葬儀社の方に引継ぎしておきますので、何かあればお尋ね下さい」
「最後に、何かご質問はございますか?」
この問いに奥様が顔を上げてくれた。
本多が二人の顔を、やさしいまなざしで見ながら待ったが質問は出なかった。
「それでは私共はこれで失礼させていただきます」
二人そろってビシッとした土下座で挨拶をした。
「うわぁ~」
糸が切れたかのように奥様が嗚咽と共に泣き叫ぶ。
すかさず、宗一君が「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と声をかけながら背中をさする。
「このうちには、こんなに立派な子がいて幸せだな」
色々な現場を見てきた本多は素直にそう思えた。
そして本多は川崎に目くばせし、それを後目に立ち上がり荷物を持った。
「母がこんな感じですからボクがお見送りします」
「お茶もお出ししなくて、すいませんでした」
宗一君が言った。
「しかし、どこまでしっかりした子なんだろう」
この日、何度感心させられたのだろうかと思いかえしたが、さすがにここまでくると完璧すぎて何か危ういものも感じていた。
玄関から外に出ると月明かりが美しい夜だった。
本多は右腕の時計を「チラッ」と見た。
「それでは失礼します」
「お見送り申し訳ありませんでした」
本多はお礼を言い、川崎は頭を下げた。
薄暗い中、宗一君は下を向いたままだった。
本多は聞いた。
「ヨシハラ様いかがされましたか?」
宗一君が顔を上げると涙でくしゃくしゃだった。
絞り出すような声で言った。
「本多さん、ボクは...ボクは...」
「これから...これから...どうしたら...」
「ボクは...これからどうしたらいいか...」
「うわぁ~」
宗一君は地面にヒザをつき、泣き崩れてしまった。
それを見た本多が、右隣に胡坐をかき座った。
そして、左手で背中をさすりながら言った。
「ヨシハラ様...いや、宗一君でいいかな?」
宗一君は下を向いたままうなずいた。
川崎も左隣りに胡坐をかき座った。
そして、右手で肩を抱くように手をかけた。
3人で、夜中に地面に座る不思議な光景だ。
本多が静かに丁寧に聞いた。
「宗一君、君は家族をこれからどうやって守っていくのかを考えてるんだね?」
宗一君は震える小さな声で答えた。
「はぃ、そぅです...」
本多は言った。
「ボクはね、キミを見ているとお父様が、どれほど立派な方だったかがわかる気がするんだよ」
「それほどキミの行動、言動は素晴らしいし、そのキミを育てたお父様だから、すごい人に決まってる、そうだよね...」
宗一君は大きく何度もうなずいた。
「だけどね、これを見てくれるかな?」
本多は右腕の時計のバックライトを光らせた。
「かすんで見えません」
宗一君は言った。
「川崎!」本多は言った。
「12時45分です」すかさず川崎が答えた。
突然ふられた川崎は少々驚き
「本多さん、自分で言えばいいのに」と思った。
本多は静かにささやくように続けた。
「宗一君...」
「残念だけど、人は生まれたら必ず死ぬんだよ」
「これは絶対なんだ、キミもボクも...」
「宗一君、お父様にはね...」
「今日は来なかったんだよ、わかるかい...?」
宗一君は小さくうなずいた。
「いいかい?お父様の死はね...」
「昨日の夜のことなんだよ」
「宗一君には今日が来たんだ...」
「宗一君にとっては、お父様のいない残酷な今日かもしれない」
「でも、お父様が望んでいた今日なんだよ...」
本多の声が少し大きくなった。
「宗一君、わかるよね」
「いま、今日を生きてるんだよ!」
「お父様のしたかったこと、お父様にしたかったこと、お父様からしてもらいたかったこと、お父様の分まで、すべてを大切に思い、願うんだ!」
「頑張る必要なんてどこにもないよ」
「大好きなお母さんと、弟と今までと変わらず暮らせば、それでいいんだよ!」
「宗一、精一杯に今日を楽しく笑って過ごせ!」
「お父様なら、こう言うんじゃないかな?」
宗一君は下を向いたまま小さく何度もうなずいた。
「お父様の肉体は滅んでしまったけど魂は残るよ」
「ここに...」
本多は軽く握った右の手を宗一君の胸に「トントン」と当てた。
宗一君は本多の手を握り、胸に包みながら、もう一度大声で泣いた。
肩を抱く川崎も細かく体が揺れていた。
宗一君は顔を上げ言った。
「わかりました、わかってないかも知れないけど...」
「ボクはボクなりに、精一杯家族を愛します」
「愛することは頑張ることじゃありませんよね」
「いままで通り大切な家族と過ごします」
「それが守るということですね、本多さん!川崎さん!」
宗一君はくしゃくしゃになりながらも精一杯の笑顔を見せてくれた。
今度は本多がうつむき顔を小さくふった。
川崎にいたっては、すでに口が開ける状態ではなかった。
本多は振り絞った。
「参ったよ宗一君、キミ達には驚いた」
「ボクが教えてあげられることはひとつもなくて、教えられることばかりだよ」
「一度でいいから素晴らしいお父様とお話がしたかったな」
「そう思わせるのは、やっぱりキミがいるからだよ」
「ボクはキミの中で生き続けるお父様とお話しているんだね」
「そう思わずにはいられないんだよ」
「宗一君!」
宗一君は涙でくしゃくしゃになった顔を袖でぬぐった。
「ボクは本当にお父さんの子で良かったです!」
「ボクは『もう病気で助からない』と聞かされた時は、どうしてうちのお父さんだけ..」
「そう思い、神様を恨みました」
「亡くなった時は『自分は覚悟していたんだ』と、何度も何度も自分に言い聞かせました」
「昨日までは毎日毎日不安しかなかったです」
「いまも不安はいっぱいです、でもそれだけではありません」
「昨日の夜のことは、人として必然なら『お父さんが最後に教えてくれたこと』だったと思える日が来ることを祈ります」
「神様も恨まれるより祈られた方がいいですよね」
そう言うと宗一君が微笑んだ。
本多も川崎も少しだけ微笑んだ。
「本多さん、川崎さん、ありがとうございました」
そういうと背筋の伸びた美しい立礼を見せた。
「父の最期がお二人に合わせてくれたんですね」
「やっぱり父さんはスゴイや」
一瞬辺りが暗くなった気がして見上げると、玄関上の明るい部屋から弁二君が同じように頭を下げていた。
気付いた宗一君が言った。
「弟は明日、受験なんです」
「ボクと同じ高校で、お父さんも同じなんです」
「少しでも早く休むように言ったのに...」
「そうだったんだね」本多は言った。
本多は途中でいなくなった理由が分かった。
「それでは、これで失礼します」
宗一君、弁二君はヨシハラ様に戻っていた。
二人横に並び立礼をして車に乗り込んだ。
川崎はエンジンをかけライトをつけた。
宗一君に会釈し、とりあえず門から出て路肩に車を停めた。
深夜で車通りもなくライトが夜道を一直線に照らした。
「ハァ~お疲れ様」
「すこしくたびれたな川崎、帰ろう!」
本多の問いに川崎は黙っていた。
「はやく言えよ、終了伝票かけないよ」
「はい、えぇ~サンマ~ン…ニセ~ン…ヨンロク…ゼロキロ~帰社します」
「時間が抜けてるぞ」
2人は車内の時計に目を向ける。
「疲れてるのか目がかすんで読めないっす」
「読んでもらえないっすか?」
「えっ?」
「あれっ? えぇ~イチ…ジ~?」
「どうしたんだろう?時計の針が、かすんで読めないよ」
「今日はオレも疲れてるんだなぁ」
本多は川崎と顔を見合わせた。
二人とも「涙でくしゃくしゃな顔」だった。
「ハハハ、参ったな」
「この仕事について初めてだよ、こんなの」
本多が言った。
「そうっすね、自分もそうっす」
「ホントに参りました」
「明るいとこで見たら顔、すごいっすよ、きっと」
川崎が言った。
続けて本多が言った。
「あ~ぁ、鈴木さんに怒られるなぁ」
「あの人の信条は『霊柩車の運転手は絶対にもらい泣きしてはいけない』だもんな」
「昔、何かで山葉さんが怒られてるのを見たことあるよ」
「えぇ~じゃぁ内緒でお願いしたいっす」
「そうだな二人だけの秘密な」
「とりあえず、気を付けて帰ろう」
「ハィ、1時42分帰社します」
「本多さん時間言えますか?」
本多は時計をチラッと見て「1時42分だろ?」と言った。
「本多さん、目がかすんでますね~」
「今は1時53分っすよ」
「さっき、突然時間を言わされたののお返しっす」
「川崎、おまえ~!」
「ハハハッ、帰りましょ本多さん!」
仕事がら目がかすむほどの涙は今までなかった。
二人にとって昨日の夜の出来事は、生涯忘れられない思い出となった。
おわり
いかがでしたか?
ドライバー?シリーズ第一章「昨日の夜」
このお話は葬儀社に勤務する友人から聞いたものですが、この業務に関しては「運転手さん」とか「ドライバーさん」と呼ばれることが多いそうです。
そして受注などに行くと「葬儀社さん」と呼ばれ、進行をすると「司会者さん」と呼ばれ、湯かんをすると「おくりびと」だとか、ひそひそ言われるそうです。
不思議なお仕事ですね。
特に「ドライバーさん」と呼ばれることには、ものすごく違和感があるそうで「?」を付けました。
やはり、二種免許のイメージがあり、引け目を感じるそうです。
また、これらの仕事を総合して行っているのが葬儀社さんですが、役割分担で外注業者を雇うこともあります。
それが「おくりびと」で有名になった湯灌業務の会社だったり、この「ライラック特殊搬送」だったりします。
まだまだ、たくさんの物語があります。
また、近日中に次回作をお出しします。
よろしくお願いします。
今日のお話はここまでです。
あなたの今日がステキな一日でありますように!
チャバティ64でした。